ママは原発いりません~4年目のメッセージ~ 4

原発事故から3年。

事故直後、私は幼い娘を連れて遠く福岡まで母子2人で避難し1年を過ごしました。

 

思えば、あの事故が起きてからずっと私は何かに怖れていました。

放射能で子どもが病になったら…

原発がまた事故を起こしたら…

大地震がまた起こったら…

そんな怖れがいつも心のどこかを占領していたのです。

 

私の福岡での1年はママ原と共にありました。

大好きな仲間との活動は私を助けてくれたし、本当に充実した時間だった。

だけど、いつもどこか悲しくて苦しかった。

それは私が怖れに支配されていたからだった。

怖れから逃れるために、何かから自分を守るために、私は原発はいらない。放射能は危険だ。と声を上げていたのです。

 

事故から1年後、主人の赴任先の離島へ家族で移住し、島で家族や周りの人たちと関係を丁寧に築いていく暮らしの中で、私はそのことに気づいたのでした。

そして、怖れからではなく、自らの心で全てを選びとる、自由な生き方をしようと決めたのでした。

 

 

よい意見だなと思うから賛成する。

キレイな米や野菜が食べたいから選ぶ。

自然エネルギーの電気で暮せたら素敵だなーと思う。

好きだから選ぶ。

やりたいから選ぶ。

そう決めたから選ぶ。

決めたからには自分で責任をとる。

そんな風に生きていこうと決めました。

 

怖れの支配から解かれると、自分がとてもニュートラルな状態になりました。

そうなると、不思議と自分の歩いて行きたい道が見えてきたのです。

 

今、私はある自然療法のセラピストとして仕事をしています。

今後は関東を中心に活動し、いずれは関東、東北の病や障害を持つ子どもへのセラピーを専門にしていきたいと考えています。

 

私の選んだ道です。

もう悲しくも苦しくもない。

ただ未来へと歩んで行くことにわくわくしています。

 

 

私は、その未来には、今と変わらず子どもたちの笑顔があると信じているのです。

 

 

 

(ママ原メンバー/4歳児母/離島在住 4月から千葉へ移住予定)

 
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