2011年の福島原発事故直後〜2011年中に集めた情報です。

 

のらやのてんさん 自然エネルギー講座レポート(2011.12)

2011.12月にママ原主催にて開催しました『ソーラーのらや てんさん自然エネルギー講座』の模様のレポートです。(Makikoちゃん、参加レポートありがとう!)

 

先日、自然エネルギーアドバイザー坂上尚之さん(通称:てんさん)の、 自然エネルギー講座に参加してまいりました。
てんさんは、ご自分の事を、「学者でもなく、オレンジのツナギを着た ハチマキをした、おじさんです。」っとおっしゃられていましたが、 私は、初めてお会いしたのですが、あたたかくて優しさがふんわりと 包み込むような方で、お話を聴くのが楽しみでワクワクしていました。


てんさんは、仙台で生まれ、福島県の川内村(福島の原発24キロ地点)で、 2011年3月11日の震災まで、自分で標高620mの森を切り開き、家をつくり、 水をひき、自然エネルギー100%で電力の自給自足をし、 約20年間、森で暮らしていたそうです。
「てんさん、スゴイ!」私は素直に思いました。

また、私は、「自然エネルギー100%の電力自給自足」が、 自分にできるのか?を、以前から考えておりましたが、自分から遠い話のようで、 現実的には、相当の設備や覚悟がないとできないのではないかと感じておりましたが、 今回、その「自分にできるのか?」という疑問のヒントがあるのではないかと、 さらに、興味が湧いてきました。


てんさんは、19歳の時にチェルノブイリでの原子力発電所事故が起き、 こころを痛め、衝撃を受けられたそうです。 「あれ?何気なく使っていたコンセントの向こう側の電気って…  もしかして、命を脅かすものではないか?」 世界 日本 政府の対応をみて、電気にまつわる社会的な問題、 エネルギーって何だろう?っと興味をもち、 それから、てんさんは、「僕は森で暮らしてやる!」っと 強く思われたそうです。
人間・動物・植物などをピラミッドに例えると、 食物連鎖もあり、人間は頂点の部分に例えられますが、 実際、ポツンッと野に放たれた時に「どれくらい生きていく能力があるのか?」 そこからも興味が湧き、自分で森を開墾しよう!っと思われたそうです。 そして、場所探しの為に、北海道から沖縄まで旅をし、 その中で、なぜか縁があり、福島県に辿り着かれたそうです。


福島県は原子力発電所(原発)が近くにあり、チェルノブイリ事故後、 電気は何でできているのか?放射性物質って何?基本的な事から勉強され、 原発のメリット・デメリットがあり、それらのリスクも受け入れて、 その中で何ができるのか?っと考え、その頃は、青森県六ヶ所村では、 再処理工場をつくりかけで、そこの反対運動に関わられたり、 また、福島原発は、とっても古い原子炉で安全審査・対策の申し入れなどの 行動をされていたそうですが、
「僕がやるアクションは、そうじゃないのではないか?」
僕は今いる場所で、どれくらい電力を使っているのか? まず、それを知り、森を切り開き、小屋をつくり、沢から水をひき、 電力を自然エネルギーで自給自足していく事が、 僕のアクションではないかと感じられたそうです。


てんさんの家の近くには沢が2本流れており、 この水の流れはエネルギーの塊である! 『電力の自給→まず、水力発電』から始まりました。
しかし、水力発電には問題もあり、東北の冬は寒く、 冬には氷のかたまりになってしまったり、秋には落ち葉が つまってしまったり、台風では水の取り出し口がつまったり…っと、 窮屈な思いをされることもありました。 そこで、出逢ったのが「ちいちゃな太陽電池」でした!
その太陽電池で、てんさんが、自然エネルギー100%の電力自給自足を されている事を知った人達が、「うちにも太陽電池つけて下さい。」っと “太陽電池”の噂が噂を呼び、それが、なりわいになり、 『ソーラーのらや』が誕生されたそうです。
ここからは、森の開墾の話などに移ります。 「森の開墾」イメージできますか? 私は、パッと思い浮かびませんでした。


まず、大きな木や笹があるのでそれを切り、草刈りをして、テントを張るスペースをつくる。 そこで、焚き火とランプで暮らす。

山の木をはらい、木をおろし皮をむき製材。 小さい小屋をつくる。※人間的な暮らしを始める… 開墾から12年、家ができる。

 

そして、電力会社の電気を使わずに自然エネルギーで、 「あるもので、どれだけ暮らせるのか?」 また、鍬一本で田んぼをつくり、黒米をつくり、 畑で一年中、豊で食べきれないほどの作物をつくりながら、 おかずはハエやアブを捕まえて、沢でイワナを釣る…っという生活。 ※家族4人なので、4匹釣ったら終りです。
てんさんの、チャレンジが始まりました。

 

 てんさんが住んでいた場所は、水が豊で沢から生活圏内に水を7本引き、
1年中24時間、台所の蛇口からは水が出っぱなしだったそうです。
(※蛇口を閉めてしまうと、沢の水を引いているホースが取れてしまう為。)
そこから、余ったキレイな水は管をつなぎかえ、手づくり冷蔵庫へと使われていました。

てんさんは、電力会社からの電気はひかずに暮らしてみようと決めて、
自然エネルギーでの電力自給を思い立たれましたが、
太陽電池は日中晴れている時、風力は風が吹いている時に発電されるので、
常には、電気を取り出せず、なかなか安定しないという点があり、
電気でなくてはいけないものと、電気じゃなくていいものに分けられたそうです。
例えば、電気でなくてはいけないものに、照明・明かりなどがあります。
(開墾の時、てんさんは原始人のように焚き火の明かりだったそうです。)

また、てんさんは、チェルノブイリでの原発事故が起きた19歳の頃、
エネルギーは命を脅かすものからつくられているのではないかと感じられ、
大人のウソも多くて、エネルギーを熱源に使うとロスが多いことも知ったそうです。
(※イメージとしては、触ると「熱い」「冷たい」これら両方熱源です。)
熱源を利用したものとして冷蔵庫がありますが、てんさんも電気で動く冷蔵庫を
持っていたのですが、常時は動かさなかったそうです。

てんさんは、沢からの水を利用した手づくり冷蔵庫を持ってらっしゃり、
その手づくり冷蔵庫とは、たまたま拾ってきたアルミの風呂桶を半分土に埋め、
(※アルミは金属の熱伝導率が良く、土は上手に利用すれば、断熱材になりえるそうです。)
それに水を入れて、濡れないように工夫して食べ物を入れます。
また、その風呂桶に、毛布や着れなくなったTシャツなど何でもいいので布を垂らしておくと、毛細管現象(※濡れたものを水に置いておくと、水がだんだん上からあがっていくイメージ。)が起き、大気にふれた水が蒸発し熱を奪い、中が断熱され温度を下げてくれるそうです。
また、夏場の大気中は30℃くらいですが、沢の水は13℃くらいで、
そこから、毛細管現象により、条件がいいと4℃くらい下がるとのことで、
常時は、電気の冷蔵庫を使わない生活をされていたそうです。

てんさんが、くり返しおっしゃっていたのは、
「僕は原始時代ではなく、近未来を目指している」というもので、
電気の冷蔵庫も持っていて、夏はアイスクリームが食べたいよね!っと思う日や、
氷が必要な時は、そこを否定せず、年に何回か電気の冷蔵庫を、太陽電池の電気で
利用されていました。しかし、ほぼ手づくり冷蔵庫で、事足りており、
「極端な肉食・極端な加工食じゃなきゃ大丈夫!」っとおっしゃられていました。

一旦ここからは、てんさんが2011年3月11日に被災された話に移ります。
てんさんは3月11日に避難されたのですが、それまでは、森で暮らされていて、
風力・水力も扱う太陽電池屋さんでした。

午後2時40分ごろ、ご家族で外でおやつを食べている時に、
今まで経験をしたことのない揺れに襲われました。
それは、突然ふざけて後ろから誰かに押された感じの、空間が歪む位の揺れで、
トランポリンにのっているような感じだったそうです。

その地震の後に一番に気になったことは、近くの原子力発電所だったそうです。
てんさんは原発の近くでわざと暮らし、わざと電力会社の電気を使わずに
自然エネルギーで電力自給していたのですが、自分だけが、様々な柵からぬけたら
いいとは思っておらず、常に意識の中では、原子力発電所の近くで暮らしていて、
子育てもしている認識が強烈にあったそうです。

ニュースでは「原子力発電所は自動停止している」と流れていたそうですが、
てんさんは、本当かどうかを確認に行かれたそうです。その確認方法とは、
てんさんの家から少し離れた所には福島原子力発電所から東京へ50万ボルトの
電線が通っており、その電磁波を計るというものでした。
計った数値は0ミリガウス(電磁波ゼロ)だったそうで、
「あれ?ちゃんと止まっているの?送電が止まっているだけで、
 もしかしたら電源喪失をし、大混乱をしているのではないか?」っと
想像されたそうですが、まずはラジオで情報収集をしながら、
子供たちにご飯を食べさせ、寝かしつけていたところ、
夜9時のニュースで、“実は冷却電源が全部喪失していた”という事を知り、

「あぁ、ついに恐れていた日がきてしまったか…
よし!もうここにはいられない。あれから5時間も経っていて、
今ごろ燃料が溶けているんじゃないか…大切なものだけ持っていこう。」っと
30分で奥さんと避難の準備をされたそうです。

てんさんの大切なものとは、避難先でも、電気が確保できるように、
エネルギーシステムの太陽電池・蓄電池・変換機
(※これらが三点セットでアルミのハードケース入ったもの)と、
手づくり太陽電池だったとの事で、これは災害時にすごく大切と思われたそうです。
また、奥さん(ちあきさん)は、粉ミルクの缶を手に持たれており、
その缶の中身は、ここにはもう帰ってこれないから持ち出したもので、
薫製にして保管していた子供の胎盤・へその緒・卵膜との事で、
「これだけはお金にかえられない。私の宝物」っとおっしゃられ、
車にちょこんと座って、待っていたそうです。

私はその話を聴き、避難する時に持ち出す、大切な物って何だろう?と
考えました。まず思い浮かんだのは、お金でした…。
そして、それ以外、物にはそれぞれ思い出もあり、なかなか、
てんさんや、ちあきさんのように潔くできない自分がいて、
物欲があり手放す事をためらっているのだと気づき、情けなくもなりました。
改めて、物を買うことや、今持っているもの…そして、
“大切なもの”を見直して考えていきたいと私は思います。

また、てんさんや、ちあきさんのように、潔く大切なものを持ち出せることは、
大切なものは普段から“物”ではなく、家族と過ごす時間であったり、思い出や、
自然を感じながらの生活など…こころ豊かに楽しむというものを、
大切にされてらっしゃるのではないかと私は感じました。
私も、てんさんや、ちあきさんのように、こころ豊かな人になりたいです。

話を戻しますが、避難後、一番最初にした事は、ガソリンを手に入れること
だったそうです。東北地方の沿岸部は、国家の備蓄基地が青森県にあるくらい、
すごく石油の精製施設(火力・原子力の発電所も含め)が多いので、てんさんは、
津波・地震の被害で、もしかして、製油所・備蓄基地まで被害が及んでいたら、
ガソリンが手に入らなくなるのではないかと考えられ、2時間かけて福島の町へ、
ガソリンを買いに行かれたそうですが、わりとスムーズに入れる事ができたそうです。
しかし、その後は、長蛇の列ができており、ガソリンを入れる事ができなかった
現状があったとの事でした。

原子力発電の事故の鉄則は、「風上へ、なるべく距離をとる」との事、
まずは、宮城県に避難されたそうですが、情報収集をしていると、
そこが風下になってきている事がわかり、今度は山形県へ避難されたのですが、
行き着くまでは、ガソリンがどんどん減り、たどり着けるのかわからない…
ガソリンも手に入らない…後ろからは放射性物質も迫ってくる…
まるっきり、着の身着のままで避難してきた為、服も食べ物も少なく、
まるで、SF映画のようだったとおっしゃられていました。

その頃、東北地方は大混乱しており、津波の被害もひどく、
原発の状況も刻々と変わっており、心構えのない人が、どうしたらいいのか
わからない状態だったそうです。

 

 

てんさんの生まれ育った場所は、仙台の沿岸部だったそうですが、 山形県での避難先で、初めてテレビで仙台の姿をみた時に、ものすごく、衝撃を受けられたそうです。

それは、まるっきり壊滅していて、友人の家も、通いなれた通学路も、何もなくなっていたからです。

しかし、その被災地の状況の中でも、通信車を携帯電話の会社などは、一早くだされており、
普段電波が入らないような場所でも、電波がバッチリ入るようになっていたそうです。
ところが、携帯電話の充電ができない為、安否の確認もできず、今、自分がどこにいるのか発信できない状態になっており、真っ暗闇の中で、多くの人が混乱している状況だったそうです。

てんさんは、“必要な場所に、必要なだけの電力を生みだす”ことができれば…っと思われ、
それは小さな自然エネルギーで可能だ!っと感じ、自分にできる事としてエネルギー支援を行おうと、 ホームページを立ち上げ、支援金を集め、その集まったお金で購入した太陽電池のパーツをもとにして、 2011年の8月まで、テントをはりながら太陽電池支援プロジェクトを行われていたそうです。

私はその話を聴き、ご自身も被災されているにも関わらず、このような支援プロジェクトを考え行動に移されてらっしゃり、今までされていたチャレンジを行動で示されているてんさん(ご家族を含め)を、 ありきたりな言葉なのですが、「すごいなぁ…やさしいなぁ…」と感じました。
私だったら、自分のことで精一杯になっていたのではないかと思います…。
てんさんや、ちあきさんを見習い、自分の器をひろげていきたいと私は感じました。

また、法的に規制がない太陽電池の相談を受けた際は、中古の太陽電池を勧めてらっしゃるとの事、 中古メリットとして捨てられていたものを、リユースする事や、エネルギーペイバックタイムという考え方があり、1枚の太陽電池を作るのに、どれだけの電力を使うのか?それが発電して、 何年でモトがとれるのか?というもので、この考え方に当てはめると、中古品を使う事は、全体的なコストダウンにも繋がります。

しかし、てんさんは、太陽電池は未来へ向けてのバトンのようなものなので、もちろん金銭面も大切なのですが、エネルギーペイバックタイムの考え方には重きを置いていないとの事でした。
また、もう一方の中古品についてですが、表に出ていないのですが、水面下で取引があり、何年か経つと壊れていないのに、ゴミにして捨てられているようなバカな話があり、それを持ってきて、辻褄を合わせて、もう一度、誰かが使う…
これが、僕は素晴らしい事だと思うっとおっしゃられていました。

ここからは、太陽電池についての話に移ります。
まず、太陽電池は、アムルファスと結晶系に分かれいます。

・アムルファス→スプレーでシューっとシリコンをふきつけたイメージ。
        ※ペラペラしていて、薄くて曲がります。
・ 結晶系  →シリコンの塊を輪切りにしたイメージ。
        ※主流になっているもので、固くてしっかりしています。

太陽電池はシリコンで出来ていますが、それは、何で出来ているのかご存知ですか?
私は知りませんでした。そういえば、考えたこともなかったです。
まず、シリコンのイメージは…
おっぱい・鼻の整形や、お菓子の中に(シリカゲル)使われていたり、おおざっぱに言うと、ガラスもシリコンで出来ています。
シリコンとは、ケイ素という元素で出来ており地球上で2番目に多い元素との事、それを電気で精製し、純度を上げて、99.9…小数点以下9個以上ついたものが、太陽電池の原料になっているそうです。

また、てんさんは、自然エネルギー100%で電力を自給されてらっしゃいましたので、自宅には太陽電池システムが、大小含め11個もあり、(※てんさんの場合はできました。) 例えば、1つの太陽電池にパソコンや電話をつないでいました。 (※1つのシステムに1つの電化製品)このように分散していると、 1つがダメになっても、替えがあるので、電気が足りなくなる事は、ほぼなかったとの事です。また、太陽電池は光を電気に変えていき、それを蓄電池にためて、雨の日は、その貯めていた蓄電池から、電気を使っていたそうです。
そして、これらのシステムに問題があるとすれば、逆に“電気余り問題”だったとの事で、晴れの日が続くと、 電気が余ってしまい、そんな時は、てんさんは洗濯係だったそうなので、もったいないので家中のものを洗濯したり、パン焼き機でパンを捏ねていたそうです。(※電気を熱に変えてしまうとエネルギーのロスが多いので、ゆえに、電気でパンを焼かず、捏ねるだけで、それを焼くのは薪のストーブ だったそうです。)

このように、てんさんの家は明るく豊かに暮らされていました。
しかし、自然エネルギー100%で暮らしていると言うと、イメージとして薄暗くて、貧乏な暮らしと思われがちですが、てんさんが向かいたいのは、「原始時代ではなく近未来」だからこそ、惨めじゃダメだとおっしゃられていました。

てんさんの家の下の方に小屋があり、その夜の風景を写真でみたのですが、明かりが数カ所に分かれ、煌々としていて、情緒もあり素敵でした。
なんと、その明かりはすべて合わせて50W(ワット)使っていない電力で賄われているとの事で、50Wの明るさをイメージできますか?
私はピンっときませんでした。ピンっとこないという事は、いかに普段から電球のWを気にせずに電気を使っているのか…身近なことを、知ろうとせず、おざなりにしている自分に気づき、 早速その日の夜、まず、自分の使っている電球(2個)を確認しましたら、12W×2個:計24Wでした。 これからは、W数も気にして節電したいと思います。

また、標準的な白熱電球は60Wっと言われており、触ると熱いものになっています。
先程お伝えしましたパンを焼くとエネルギーのロスが多い話にも繋がりますが、白熱電球の話では、本当は“光”をとりたい明かりですが、“熱”に変わってしまう為ロスが多く、そして、明かりが欲しいのに90%以上が熱に変わってしまっているので、その分がもったいない!っと、感じられ、その小屋でお使いになられていた ものは、発光ダイオード(LED)で、1つが4Wくらいのものだったそうです。 (※白熱電球のあかるさ)
会場から「えっ〜4W!?」っと驚きの声がでる位、そのLEDの電球は明るかったです。

てんさんのテーマに、「ちいさなエネルギーで、どれだけ豊かに暮らせるか?」 があり、例えば、標準的な白熱電球(60W)と同じくらいの明かりを、LED(4W)で可能にしていますが、  「こういったものをカバーしていくのがテクノロジーではないのだろうか?っと思うと同時に、 僕たちの社会を変えるのはテクノロジーかといえば、そうとも言えない胸の内があり、いっぱいの太陽電池があれば何でもできて、オール電化も可能ですが、しかし、はたしてそれが、近未来かというと、 僕はそうとも思えなかった。ちいさなエネルギーで惨めになってはいけない、その答えが、夜の小屋の明るさであり、50Wも使っていない僕ん家の暮らしのあかり。」 おっしゃられていたものは、てんさんのチャレンジのお話でもありました。

…ゆえに、テクノロジーを利用しつつ、しかし、それだけに頼るのではなく、 大切な根の部分は、まず自分達のエネルギー消費を、自分で減らしていくこと ではないかと私も感じました。

 

関東の子どもたちも、チェルノブイリと同じ症状を訴えている 6/20up

6月2日(中野サンプラザ)と3日(千葉県柏市)で行われた医療相談会。
参加された223名の方の記録から、主だった3つの症状だけ、ご報告させていただきます。これ以外にももちろん、多くの症状がありますが、それは低線量・内部被ばくのわかりにくいさまざまな症状です。少々時間がかかります。風邪に似ているけれど、ずっと続く。なおらない、薬が効かない。抵抗力が落ちてさまざまな症状がでてくる。それがチェルノブイリで聞いたこと。


フクシマの事故のあと、同じ症状が起こるのは、偶然なのでしょうか?いいえと叫びたい。ただ、これだけの方がたが、お医者さんの前で「症状を訴えた」こと。この事実だけです。うわさではなく、実際に被害にあわれた方がたくさんいる。

 

わざわざ、電車をのりついで、子供をつれて、何もないのにやってくるでしょうか? 遠方から。そしてみんなチェルノブイリの子どもたちと同じ症状を訴えるのはなぜなの? これらの不思議な事象が関東に起こっており、それは、大半の医師の間で長引く風邪としてかたづけられていることでいいのか。鼻血が出たと騒いでいるだけでいいのか。


はっきりかたをつけてよ!と放射能が犯人の場合言えないことがまた苦しい。3月15日に、多くの方が鼻血を出しているのはなぜ?そのとき関東に放射能雲が来ているなんて知らなかった人達が。いちばん危険な誤診は、放射能が原因で下痢をしているのに、抗生物質を投与されている場合です。それも効かないためにどんどん強い抗生物質になっていく。


この場合は腸内細菌がいちじるしく減少して、抵抗力をなくしてしまうこともあるかと思います。即刻、医師を変えてください。あなたと子供の話をよく聞いて見守ってくれる長くおつきあいできる医師に。抗生物質よりもリンゴのすりおろしの方がまだまし。

 

こんなことをいつまで続けていける? これからマスコミがやってきて、こんなデマをとばして!お母さんたちを不安に陥れてなどなどと、私たちを批判するかもしれません。さまざまなキャンペーンが始まるかもしれません。でも、人数が集まりすぎて医療相談会にまだまだ来られなかった方々がたくさんいらっしゃった。その思いを重ねていかなければならないと思っています。絶対に泣き寝入りだけはさせたくない。チェルノブイリの子供たちのように手遅れにだけはさせたくないから。

 

こんなアホな事故対応、やめてほしい。ダメダメな人たちが二次災害、三次災害を起こしています。
本当は、お母さんたちの思いすごしであってほしかった。お医者さんにお話を聞いてもらって安心したと笑って帰ってもらったらどんなによかっただろう。

 

子供たちが身体を通して訴えていることをどうか、軽んじないで。全身全霊でそのメッセージを受け取って。

 

チェルノブイリへのかけはし 医療相談会のご報告より

8割以上が原発「廃炉を」 6/19up

【6月19日 AFP】東京電力(TEPCO)福島第1原発の事故を受けて行われた世論調査で、8割以上の人が国内の原発の廃炉を求めていることがわかった。19日の東京新聞(Tokyo Shimbun)が報じた。

 同紙が掲載した日本世論調査会の世論調査結果によると、国内に54基ある原発について「直ちにすべて廃炉」を希望したのは約9%。「定期検査に入ったものから廃炉」とした人は約19%で、もっとも多かった「電力需給に応じて廃炉を進める」(約54%)と合わせると約82%となった。

 一方、「現状維持」を求めた人は約14%にとどまった。

 また、2030年までに原発14基を新増設するという政府が掲げていた方針については、67%が原発を新増設すべきでないと回答し、22%は新増設する数を減らすべきと回答した。当初の方針通り進めるべきと回答したのは6%だった。回答者数は1853人だった。(c)AFP

米国ネブラスカ州でも、原発事故が進行中 6/18up

アメリカでも原発事故が起きたというニュース!ビックリです!

地震や津波でなく、なんと洪水で‥

もはや自然が、いや地球が怒っているとしか思えません。

母なる地球!マザーアースの怒りをみんなで鎮めましょう!

佐賀県、フクシマやアメリカを見てほしいものです。

(アメリ)

 

アメリカのネブラスカ州にあるフォート・カルーン原発でも事故が進行中です。今の段階では、レベル4に値する事故だと。発端はミズーリ川の氾濫、洪水です。この原発は4月に燃料補給のため止まっていて、洪水の直前に運転再開の予定だったのですが、6月6日、洪水のため再開を見合わせました。翌7日、洪水で浸水した地下で電気系統の破損による火災が発生し、パイプの繋ぎ目などが破損。この火災の影響で8日、使用済み燃料プールの冷却装置の電源も破損して、約90時間、冷却できなかった。今は、外部電源でつながれているらしい(あくまでも、らしい)。

 

ミズーリ川は、今後も真夏にかけて水位は上がるとみられていて、その場合、福島と同じような経緯をたどる可能性があるとのことです。(一部の専門家は、水位があがったとしても、3~5センチの差で、大事には至らないという見解を示しているけどね)。現地の上空は「飛行禁止条例」が出ていて(これが、おかしい(-"-)。なんでもないなら、なぜ、飛行禁止にする??国民を安心させるためには飛行禁止などせずに、安全だという証拠映像を撮らせろ!!)、メディアは近づけず、映像が取れない状態だが、このテレビ局

http://www.businessinsider.com/faa-closes-airspace-over-flooded-nebraska-nuclear-power-plant-2011-6

が飛行を強行し撮影したところによると、原発自体、地下の部分は浸水し、まるで陸の孤島状態だそうです。

 

大量の鼻血、下痢、倦怠感 子に体調異変じわり 原発50キロ 福島・郡山は今 6/16up

この新聞記事を目の当たりにして涙が止まらなくなりました。(エコ)

14日未明、福島でベントか事故があった模様 6/15up

↓2:10あたりから、白い煙と閃光が見える。2時間後、茨城県での空間線量率が上がっている。

↓0:08、右方向で爆発か?

全国の株主がんばれ〜! 各地で、原発撤退の議案提出 6/14up

【東京電力では402人】

 東京電力は10日、定時株主総会を28日に都内のホテルで開催すると発表した。同社の公表資料によると、株主402人が原子力発電事業からの撤退を定款に盛り込むよう議案を提起した。総会では、福島第1原発事故への対応や収束の見通しについて株主から厳しい質問が出るのは必至で、今回の株主提案も注目を集めそうだ。

 402人の株主は「未来の子どもたちに負の遺産を残し、地元に負担を押し付ける原発からは即刻撤退すべきである」と主張。東電取締役会は議案に反対の立場で、今後の原発事業については「事故の調査結果やエネルギー政策全体の議論などを踏まえて検討する」と説明している。

2011.6.10 時事ドットコム

 

【東北電力では232人】

 東北電力は13日、今月29日開催の株主総会の招集通知を開示し、株主232人が原子力発電事業からの撤退などを求める株主提案をしたことを明らかにした。

 株主提案は、原発事業撤退のほか、日本原燃の核燃料再処理事業への投資の中止、取締役の賞与廃止の計3議案。株主総会の招集通知によると、同社取締役会は3つの議案に反対意見を表明している。

2011.6.15 MSN産経ニュース

 

【関西電力では124人】

 関西電力が29日に大阪市内で開催予定の定時株主総会に、株主124人が原子力発電からの撤退を求める議案を提出した。別の株主36人も建設から30年以上たつ高経年化炉の廃炉を念頭に自然エネルギーへの転換を求める議案を提出した。関電が株主招集通知で明らかにした。関電の取締役会は反対を表明している。

 原発撤退の株主提案は、東京電力福島第1原発事故で放射性物質が放出されたことを受け、「放射能の処理ができない原発はやめる」よう、定款の変更を求めた。撤退まで役員報酬を支給しないことやプルサーマル計画の凍結など計7議案を提案している。取締役会は「今後も、原子力を中心とした最適な電源構成を構築し、持続可能な低炭素社会の実現を目指す」として、反対している。

 一方、自然エネルギーへの転換を求める株主提案は、「原子力発電から自然エネルギー発電への転換を宣言する」よう定款変更を求含む10議案を提案。これについても、取締役会は反対している。

2011.6.12 毎日新聞

 

東京在住の子どもの「甲状腺と腎臓」機能に異常 6/13up

 

 喉、鼻、皮膚、お腹、下痢、体がだるいなどの症状が、自分の地域的に近い身の周りでおきていないのか、病理の専門家と話して確認しはじめてくださいと呼びかけることをここ数日、話していました。恐らく今後、放射能による顕著な健康被害が発生し始め、過去最悪の「公害問題」として認識されるだろうという推測からこの話は、始まっています。そうしたところ、ある緊急事態を示唆する書き込みが僕のブログにありました。正直、血の気が引いています。まずこれをお読み下さい。

 

        *        *        *        *

 

 まだ最終的な結果が出るまではと思い書くのをためらっていましたが、やはり今東京で起きている現実のひとつとして書かせて頂きます。4月の半ばに娘の喉が腫れているのに気づき、先月念の為甲状腺機能の検査を受けさせました。正直大げさな親だと思われる事に若干の抵抗もありつつ、放射線の影響が心配なのでとはっきり先生にも伝え、エコー検査もお願いしました。その時の見解では腫れも酷くないし大丈夫じゃないかなぁ的な先生からの言葉があり、少し安心していました。

 

 ところが一昨日私1人で検査結果を聞きに行ったところ、甲状腺機能に異常が発見されました。更に詳しい検査が必要な事と数値的に恐らくまだ全然初期段階な状態ですが、正直かなりショックで泣きながら家に帰りました。そして、原発の翌日からかなり気をつけていた我が家ですらこの様な状況に陥った事に、尚更恐怖を感じました。

 

 今回私に多少なりの知識があったことで早めの対処が出来発見しましたが、甲状腺の異常は自覚症状がほとんどありません。だからこそ怖いのです。検査して何もなければ安心料だと思って、血液検査とエコー検査を(血液検査だけでは発見されない事もあるので)ぜひ受けて頂きたいと思います。私と娘は甲状腺だけではなく腎臓の機能にも異常が出ました。それが何を意味するのかは、これから毎月検査を受ける事で明らかになっていくと思っています。これは煽りでも何でもなく、検査結果として明らかになった事実なのです。

 

        *        *        *        *

 

 この専門家にこの投稿内容を伝えたところ、典型的な急性の内部被曝症状ではないかという推測をされています。腎機能に症状が出ている場合に、こうしたことは多いといいます。ご本人と娘さんの二人とも、甲状腺と腎臓の両方に異常が出ていることから考えると、食べ物のように、口から摂取したものから、かなり早い段階で、放射性物質を取り込んだ可能性を指摘しています。目の網膜の検査もされることをすすめますという事です。この書き込みの方が、もしなにかありましたら、僕に直接メールしてください。

 

 チェルノブイリの時に出ていた核種は主にヨウ素とセシウムのみです。そこでの健康被害想定とことなり、福島第一原発は、今でも何かの反応があり、放射性物質の排出は三ヶ月も続いていますから、短い半減期の核種による影響さえも否定できませんし、他の核種による被害状況が、チェルノブイリと異なる事態になることも容易に想像できます。しかも、メルトスルーが起きている事態のときに、実はどのような恐ろしい事がおきるのか、皆目検討がつかず、スリーマイルの時に様々な被害想定があったことは僕も記憶しています。そうすると、福島状況を考えて、今回のようなことが、三ヶ月くらいでおきてきたとしてもなんらおかしくはないと病理の専門家は言います。

 

 喉、鼻、皮膚、お腹、下痢、体がだるいなどの症状が自分の、地域的に近い、身のまわりでおきていないのか、話して確認しはじめてください。家族や近くの知人、同じ学校、同じ幼稚園、近所の人、行動パターンが似ている人たちの間で何かおかしなことがおきていないか、相互確認をはじめてください。少しでも早くはじめてください。

 

 3月の三連休中に同じ雨にあたった二人の子どもが、二人ともいきなり鼻血を出した話や地下鉄で数駅移動する際に、三つの駅で鼻血を出す人と遭遇した話、屋外清掃してほこりまみれになった後、突然背中に茶色の軽い隆起をともなう点が、複数出来ている話など、憂慮されるようなエピソードが次々ときています。

 

 僕は断言しますが、首都圏でも、これは大変な健康問題になってきます。活性汚泥の焼却さえとめれば、東京でこどもの健康を守ることができるというレベルではありません。恐らく、事態は相当深刻になります。とにかく、注意を怠らず、対応を急いでください。自分や自分の愛する人、特にお子さんを守るために全力を注いでください。

 

 「追記」

最も危険な核種、ストロンチウムが地下水でも検出です。これがどこまで広がっていくのか大変です。岩盤まで掘り進んで、ダム工事でせき止めないと、どこまで地下水が終わるか、わかりません。急げよ、政府。いい加減にしろ。

 

ジャーナリスト木下黄太のブログより

 

福島事故後、米国北西部の乳児死亡率が35%増加 6/13up

北西部における乳児死亡率が、メルトダウン以来、35%上昇

「米国の赤ちゃんの死の急激な増加は、フクシマの放射性物質の結果か?」

 

ジャネット・D・シェルマン医師

ジョセフ・マンガーノ

 

米国の赤ちゃんの死亡率が、上がっている。医療に十億ドルを費やしているにも関わらず(2006年)、米国は乳児死亡率で世界28位をランクした。死亡率が最も少ない国々の二倍以上の死亡率だ。

 

最近の防疫センターが発表する毎週の罹患率と死亡率によると、米国北西部の8都市(Boise ID, Seattle WA, Portland OR, plus the northern California cities of Santa Cruz, Sacramento, San Francisco, San Jose, and Berkeley)で、1歳未満の子どもたちについて次のデータが報告されたという。

 

2011年3月19日までの4週間 37人の死亡(毎週平均9.25人)

2011年5月28日までの10週間 125人の死亡(毎週平均12.50人)

 

この数字は、35%の増加に相当し(米国全体における増加率は2.3%)、統計的に有意と認められる。さらに重大なのは、最初の4週間と次の10週間が、どちらも福島の原発事故の後だということ。2001年、乳児の死亡率は1000人につき6.834人、2007年には6.845人に増加した。2002年から2007年までのすべての年で、死亡率は2001年を上回っていた。

 

福島の原子炉から放出されているのは、ヨウ素(I - 131)、ストロンチウム(Sr - 90)およびセシウム(Cs - 134Cs - 137)を含む放射性同位体であり、すべてが食べ物や飲み物に取り込まれた。ヨウ素は甲状腺に集中し、ストロンチウムは骨や歯、セシウムは心臓をふくむ軟部組織に集中する。胎児や赤ちゃんは、細胞が急速に分裂していること、そして取り込まれた物質の比率が、大人よりも大きくなる(身体が小さいため)ことから、大人よりも脆弱である。

 

25年前に爆発したチェルノブイリのデータによると、メルトダウンの後、病気や虚弱で生まれた新生児の数は明らかに増加し、流産や新生児の死も増加した。これらのことはヨーロッパでも、当時のソヴィエト連邦でも起こった。似た事象は、放射性物質のレベルが高い地域における野生の生物においても見られた。(以下省略)

 

"America's Best Political Newsletter" COUNTER PUNCH

 

プルトニウム微細粒子、東京の人は1日10個、シアトルでは4個を吸引か 6/13up

Q. ガンダーセン博士は以前から、報道されている以上に状況は深刻だとおっしゃってましたが、どのように深刻なのでしょうか?
A. "私は特に東電と日本政府の放射能放出量の計算が修正され"2倍になった"ことを驚いてはいません。日本政府と官僚の混乱と体質文化だと思いますね。保安院と原子力推進団体の組み合わせが大問題なのです。東電の上級職が経産省の為に働き、経産省・保安院の上級職が東電の為に働いて、その地位を天下りなどして回しているのです。この体制が原子力事故がいかに深刻かの判断を間違わせているのです。"
Q. ホット・パーティクル(プルトニウムム微粒子)が、たとえば、米国シアトルでも検測されましたが、どの程度影響があるのでしょうか?
A. "放射能はガス状の雲になり発生し、これはガイガーカウンターで計測出来ます。ホット・パーティクル(プルトニウム微粒子)は、原子力関係者は微細燃料片と呼びますが、髪の切断面の幅よりとても小さいです。4月に東京で10個/日が観測された。1日に人々が呼吸すると吸入しています。
興味深いのは、シアトルで一人当たり5個/日の微細粒子が観測されています。なぜなら、この時期は主に太平洋へ、米西海岸に向かって風が吹いていたからです。米国で、レタスなどは食べる前に良く洗うよう注意喚起されてたのは、これが理由です。
ホット・パーティクル(プルトニウム微粒子)は、人間の肺に留まり、消化器官と骨に溜まり、長期間掛けて、ガンの原因になります。
ただ、検出が難しいほど微細放射性粒子です。
*注意:放射性プルームは常に一定方向に流れたわけでなく、北東から南西にも時に変化していった。
Q. 米国西海岸の人達は、これは憂慮すべきことですか、それともそれほどでもないのでしょうか?
A. "平均的に人間は、日に10立法m呼吸しますが、シアトルで一人当たり5個/日のプルトニウム粒子を吸っています。
現在、ホット・パーティクルつまりプルトニウム微細燃料片は、細胞組織に影響します。ですから、私はいまだに友人には総ての野菜を良く洗いなさいとアドヴァイスしています。ただ、いまだに我々の周辺の空気中に放射性粒子は存在し、それからは逃れられません。
Q. 衛星写真の画像では、3/12と5/24を比べると放射能蒸気は変化しており、現在は原子炉は制御下にあるようにみえますが?
A. 原発の放射性ガスは、3月は寒くてTV画面上は目視しやすかったが、5月には温かくなったので目視出来なくなった。いまだに、大量の放射性ガスと放射能汚染水を作り、放出し続けています。
ですから、放射能放出を抑えるには時間が必要です。まだ来年まで放射能は漏れ続け、放射性蒸気が止まり冷温停止になるまで、放射性蒸気と放射能汚染水を作り続けるでしょう。

 

20ミリ基準なぜ変えない?「1ミリ以下だと、県内で義務教育ができなくなる」5/27up

 福島県内の学校で子どもたちが受ける放射線量の問題です。文部科学省は27日、児童や生徒が学校内で受ける線量について、年間1ミリシーベルト以下を目標とすることを発表しました。
 「改めて年間1ミリシーベルト以下を目指す」(高木義明 文科相)
 文部科学省は27日、学校内で子どもたちが受ける放射線量について、当面は年間1ミリシーベルト以下を目指す方針を発表しました。しかし、学校外を含めた放射線量の年間20ミリシーベルト以内という基準は、依然として「変えない」としています。
 「(年間20ミリシーベルトの基準は)私は受け入れることができません」(東京大学・小佐古敏荘教授、4月29日)
 この20ミリシーベルトをめぐっては、東京大学の小佐古教授が「受け入れられない」として内閣官房参与を辞任しました。さらに、福島県に住む親たちが文科省を訪れ、抗議活動を行いました。
 「はっきり言ってモルモットにされるのは耐えられない」
 「自分の子どもを持つ親だったら、できるかぎり(放射線を)浴びさせたくない」(参加者)
 なぜ、全体の基準は変えないのでしょうか。文科省のある幹部は我々の取材に対し、こう本音を漏らしました。
 「全体の限度を年間1ミリにしたら、福島県内で義務教育ができなくなる」(文科省のある幹部)
 文科省は当面、学校内で受ける放射線量は年間1ミリシーベルト以内を目指すとしています。その対応として、校庭で1時間あたり1マイクロシーベルト以上の学校に対しては、土の除去費用を国がほぼ全額補助するといいます。また、すべての学校に線量計を配布し、子どもたちが受ける実際の線量のモニタリングを始めるといいます。しかし・・・。
 「1ミリシーベルトと言われても、子どもたちは結局外で遊べない。まだまだ安心できない」(親)
 文科省は夏休み後に「20ミリシーベルト」について基準を見直すとしていますが、二転三転する現状に親の不安は尽きません。

TBS(27日16:54)

 

          *          *          *

子どもたちに健康のリスクを与えても、義務教育を行うことのほうがあくまで大事とは・・・狂気に似たものを感じます。文科省にいる人たちは、自分たちのおかしさに気づいていないのでしょうか。もともと1ミリ以下が基準だったのですから、1ミリ以下にはできない以上、県内では義務教育はできない、さあどう次の手を打つか、と考えるのが筋です。便宜的にコロコロ変わるような基準値に、基準値の資格はありません。(トニーネ)

井野教授「玄海原発は日本一危険な原子炉」5/26up

「玄海原発1号炉は日本一危険な原子炉といっていいでしょう」 

 こう断言するのは、井野博満・東大名誉教授(金属材料物性)である。メルトダウンした福島第1原発より、停止が決まった浜岡原発より、玄海1号炉のほうがはるかに危険というのだ。 

 その根拠として井野教授があげるのが、次の数字である。 
 35℃('76年)、37℃('80年)、56℃('93年)、そして98℃('09年)。九州電力が公表した玄海1号炉の「脆性遷移温度」の推移である。 

「ひと言で言えば、圧力容器そのものが劣化し、いつ"破断"してもおかしくない状態なのです」 

 わかりやすく説明しよう。冷えたガラスのコップに熱湯をいきなり注ぐと、コップは割れるかひびが入ってしまう。これはコップの内側と外側で急激に温度が変わり、その差にガラスが耐えられなくなってしまったからだ。 
原子炉の場合は逆だ。常に高温に晒された原子炉に冷えた水がかかると、やはり急激な温度差に耐えられず、金属が破断してしまう。この変化にどこまで耐えられるかが「脆性遷移温度」だ。要は、98℃の水が原子炉にかかると、破断する危険性があるのだ。 

「私はわかりやすい例としてタイタニック号の沈没をあげるんです。タイタニック号の船底や外板の鉄は質が悪く、27℃程度で破断する状態だった。冷え切った海を航海していて、そこに氷山がぶつかった。その衝撃が想像以上に船を破壊したため、世界最大の船があっという間に沈んでしまったんです」 

 原子炉は常に炉心から放出される中性子が炉壁に当たっている。このダメージが積もり積もって、圧力容器がどんどん脆くなっていくのだという。 
「玄海原発1号機の原子炉は陶器のようなもので、簡単にひび割れ、破断してしまう。もし現実になれば、炉心の燃料棒が吹っ飛ぶような大爆発を引き起こす可能性もあります」(井野氏) 

 98℃という温度は、そんな最悪のシナリオをリアルに予感させるものだという。 
【FLASH】

「チェルノブイリを超えていることは間違いない」5/23up

【広島大学名誉教授 難波鉱二氏のメール】

 

 米国と文科省が共同で行った地上1メートルのセシウム137(半減期30.3年)の汚染度を見ると、原発から北西の方向に半径30キロを超えて、300万〜1,470万ベクレル/平方メートルという超高濃度汚染ベルトが広がっている。(チェルノブイリ事故の汚染は避難地区がわずか13万5,000ベクレル。事故処理に当たった労働者の平均被爆量が165ミリシーベルト)。福島では、原発から40キロ離れた飯館村でも外部被爆線量が年間26ミリシーベルトになる。10年住めば、厚労省の「緊急被爆基準値」の250ミリシーベルトを超えてしまう。

 

 ともかく放射能汚染度が、チェルノブイリ事故を超えていることは間違いない。政府はそのことを率直に認め、住民に安易な帰宅計画の希望などもたせず、「広島、長崎と同じことが起こったし、いまも続いている」ことを告げるべきだ。広島長崎の被爆者も「核兵器廃絶は原子炉廃絶なくしてありえない」ことを自覚すべきだ。

 

 半減期というのは放射能が半分になることで、1,470万ベクレルのセシウム137は30.3年経っても735万ベクレルになるにすぎない。100年経って元の4分の1=367万5,000ベクレルだ。チェルノブイリの13万5,000まで落ちるのに何百年かかるか? 相馬市、いわき市、福島市に挟まれた広大な無人の荒野を想像すると、寒気がしてくる。

 

木村盛世オフィシャルWEBサイトより

 

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